東京高等裁判所 昭和50年(う)40号 判決
被告人 木村通
〔抄 録〕
以上認定のような事実関係にてらすと、被告人は本件土地の借地人である山田幸平と共謀のうえ、昭和四七年七月二〇日ころ行使の目的をもって、原判示のような経緯により、自動車保管場所使用承諾書と題する用紙二通の承諾者の氏名印欄に、右山田が「大野」の有合せ印を各冒捺し、被告人がその氏名欄などに大野明の氏名を各冒署するなどして右承諾書二通を偽造し、同月二五日これが一括提出行使をしたことは明白であるといわねばならない。
ところで所論はまず、本件につき被告人は本件土地所有者である大野明の承諾を得たものと考えたと主張し、縷々その事情を挙げる。
しかし、苟も作成権限を有しない者が、行使の目的で本件承諾書のような文書の氏名欄に他人の氏名を冒署し、有合せの印を押捺して同名義人の文書を作成した以上は、直ちに文書偽造罪を構成するのであって、文書作成当時に名義人の承諾がないときは、たとえその承諾が予見される場合であっても文書偽造罪の成立を免れず、その承諾予見の有無は文書偽造罪の成立に何ら消長を来すべきものではないと解するのを相当とするところ(昭和九年一一月二二日大審院判決・刑集一三巻一、五三六頁等参照。)、本件においては、所論が縷々挙げるような諸事情によってみても、被告人が前記承諾書を作成した当時、すでにその名義人たる大野明の承諾を得たものと考えたとは到底認められないし、また被告人が右大野の承諾を得られるものと考えまたは予見したことは必らずしも認められないではないが、仮に右のような諸事情があったとしても、これがために本件文書偽造罪の成立を妨げるものでないことは、前記文書偽造の一般的意義にてらしても明らかである。
次いで所論は、本来ならば右大野とても後日容易に承諾を与えたと思われるのに、たまたま本件が右山田とは無関係なものとして警察問題となり、引っ込みがつかなくなって本件に至ったものであり、他方右山田とても、借地人としての立場上右大野の言動に追従する必要があったことなどから、自己の責任を免れるべく、また極力地主の立場に留意したことを強調するため、「地主に断ってくれ」と述べた旨弁解しているもので、仮に右山田が右のように述べたとしても、それは地主の同意を当然に受け得ることを前提としているものであって、右のような言動は右大野の事後承諾の推定を前提としてのみ可能であるといわなければならないから、原判決の、弁護人の主張に対する判断部分は論理的に矛盾があると主張する。
しかし記録によれば、本件土地所有者の大野明としては、本件土地について右山田から事前に本件での自動車保管場所としての使用方を申し出た場合には承諾を与えたと思われること、本件については、当初は右山田とは無関係なものとして警察で取り上げられたことは認められるが、所論のように右大野が引っ込みがつかなくなって本件に至ったと認められないのはもちろん、右山田が所論のように右大野に対する借地人としての立場上から大野の言動に追従する必要があったとはいえないし、さらに「地主に断ってくれ」と述べたことが、所論のように地主の同意を当然に受け得ることを前提としているものとはいえないのであって、右のような言動が所論のような地主たる大野の事後承諾の推定を前提としてのみ可能であるなどとは到底いえないのであるから、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の項において、前記承諾書を作成するにつき大野の推定的承諾があったとの弁護人の主張について、山田が被告人に本件土地所有者大野の承諾を得るようすすめたところ、被告人はこれを実行せずそのままにしてしまったことが認められるとして、弁護人の右主張がその前提を欠き理由がないものとした点には、何ら矛盾はないというべきである。そして文書を偽造した以上、たとえ事後において名義人の承諾により該文書の内容が真実に合致するに至ったとしても、これがために文書偽造罪の成立を阻却するものではない(昭和一一年一月三一日大審院判決・刑集一五巻六三頁等参照。)から、本件が仮に所論のように本件土地所有者大野の事後承諾の推定を受けうべきものであったとしても、これによって文書偽造罪の成立に消長を及ぼすものではない。
(石田 柳原 小林昇)